賭けた者は、負けを認めなかった(後編)

 『赤ままの花のほうへ』を基底に

2026/09/02 一水会での議論を踏まえて

前編では、車載事業本部長という職を四代にわたって追いました。三代が降格され、しかも組織の外へは出されず、免れた一代は社長になってなお正しい処方を通せなかった。そこから、線を引く権限は社長という職位には付いていなかった、という一行を置きました。

あわせて、この不正が現金を一円も動かさなかったこと、動いたのは会社の値段として示された数字だけであったこと、そして評価には幅があるから、幅の中では加担が加担に見えないことを書きました。後編は、その権限がどこにあったのかという話です。

8 賭けと、その負い方

前作で僕は「日本の経営者は賭けない」と書きました。しかしニデックは違いました。エンブラコに1,224億円、オムロンオートモーティブエレクトロニクスに881億円。2021年3月期の単体の関係会社株式・出資金は8,513億円で、総資産の65.1%を占めます。間違いなく、賭けていたのです。

しかし、負けを認めなかった。

会計における減損とは、投資という賭けが外れたときに、負けました、ここまでです、と境界線を引いて場を降りる、きわめて知的で冷静な処理です。

賭けとは、勝つ見込みに資源を投じることではない。外れたときに、外れたと認めて場を降りるところまでを含めて賭けである。認めない賭けは、終わらない。

前編で、のれんは賭けの記録であり、減損はその賭けの決算であると書きました。4,071億円のれんが貸借対照表に載っているというのは、それだけの額の賭けが、まだ決算されていないということです。

決めることには三つの向きがあります。進む、退く、拒む。やると決めること、やめると決めること、できないと言うこと。この三つとも賭けです。外れれば自分に返ってきます。退くのは、いま損を確定させるほうに賭けること。拒むのは、無理であるほうに自分の職位を賭けること。通らなければ下げられます。

では、賭けていない状態とは何か。決めないことです。そして、決めないまま決めたように見せる形がある。振りです。社内で白箱・空箱と呼ばれた架空の改善案が、それにあたります。名前が付いていたということは、全員が分かっていたということです。

進むも、退くも、拒むも、賭けである。賭けていないのは、振りだけである。

賭けるかどうかと、その結果を自分で負うかどうか。掛け合わせると四つになります。賭けて自分で負うのが健全な型で、損は出ますがそこで終わります。賭けて負わないのが不正を生む型で、賭けは続いたまま、外れた分が帳簿に溜まります。賭けずに負うのは、原因を確定させないまま全員が去る型で、再発を生みます。賭けずに負わないのが停滞で、前著で論じたのはここでした。

ニデックは、賭けて負わない型です。そして東芝も、大きな買収の失敗を認めるのが遅れたという一点では同じ形でした。東芝には永守氏にあたる個人がいません。それでも同じ形が出ています。この型に必要なのは、強い個人ではありません。大きく賭けたことと、負けを認められなかったことだけです。

9 号令は、号令をかけた者を、負う位置から外す

「自分の引いた線の外側は自分で背負え」。この規律そのものは、中空の反対です。創業者が自分の資産を賭けて事業を興したとき、この言葉は自分に向いていました。

裏返るのは、同じ言葉が号令として下へ渡されたときです。自分の金を賭けた人にとって、損を自分で受けるのは筋が通ります。給与で働く部門長にとって、それは実行できない要求になる。1,000億円余を繰り越された部門に、埋める原資はありません。同じ規律が、発する人の位置によって、規律にも罠にもなるのです。

自分で負えという号令は、号令をかけた者を、負う位置から外す。

自己責任の作法が他者への転嫁の作法に化けるのは、この一段です。

10 表に出さないための監査

ここまでを、僕は態度の話として書いてきました。しかしこの会社には、装置がありました。

第三者委員会の報告書に「特命監査」という章があります。永守氏が、監査能力が高いと評された子会社の従業員を本社の経営管理監査部へ転籍させ、「特命監査部長」の肩書きを与えて、特命で調査させていた仕組みです。2011年頃から2020年6月頃まで続きました。

なぜ内部監査部門に指示しなかったのか。永守氏自身が、こう述べています。

経営管理監査部に調査を指示すると、PwC京都とも情報共有することとなり、大事になる。表沙汰にせずに不正を正し、反省している者にはやり直しの機会を与える方が良いと考え、A氏に調査を指示していた。

報告書によれば、このとき同氏は「大岡裁き」という語を交えていたそうです。

担当者の側の言葉も残っています。週報には「指摘内容をNCJ外部に流出させないことです」「NCJ外流出阻止が私の監査信念です」。当時の社長へ業務内容を説明した資料の「成果」欄には、「外部監査法人・内部監査で重複指摘は無且つ対応策の摘出も無。組織防衛を最優先に外部漏洩阻止へ細心注意を払う」。

調査結果は電子メールで送らず、紙に印刷した報告書を示しながら報告し、報告が終わると回収する。手元に残すと手違いで他の人の目にとまるおそれがある、というのが理由でした。そして、特命監査で把握した事項は経営管理監査部の監査対象としないという取決めが存在し、社外役員には、この仕組みの存在自体が共有されていません。経営管理監査部の元経験者は、こう述べています。

A氏は、永守氏の指示を受けて、不正を闇で処理する存在であり、ニデックのガバナンスシステムの外側の存在であった。

2019年2月時点の資料に「8年間特命調査で不正約300件・約350億摘出。並びに対応策策定と償却」とあります。八年で三百件、三百五十億円。一件も公表されていません。

重要なのは、見つけたあと何をしたかです。報告書は、金額規模の大きな事案では直ちに是正するのではなく、複数期にわたって計画的に処理するよう指導することがあった、と認定しています。そして永守氏は、直ちに是正が必要な会計不正を計画的に処理する例があることを把握したうえで、それを受け入れていました。

目的と効果は分けて書いておきます。永守氏の言葉が支えているのは、表沙汰にせず処理するという目的です。負けを認めないという目的までは、証言からは出てきません。

表に出さないために置かれた機構が、結果として、負けを認めない仕組みとして働いた。

東芝では線を引いた人の名前が残らず、ニデックでは発令として残る、と前編に書きました。これはそのどちらでもありません。線を引くための調査を、線が引かれないために使う。摘出は記録され、処理は繰り延べられ、外へは出ない。「大岡裁き」という語が、それを美徳として言い表しています。

11 権限は、制度の側にあった

では、線を引く権限はどこにもなかったのか。そうではありません。三つを分ける必要があります。

権限とは、決めたことが否決されない地位です。制度が与えます。権力とは、それを支える物理的な裏づけです。近代の株式会社では、所有がそれにあたります。権威とは、受け取る側が感じるものです。持つ側の属性ではありません。

2025年3月期の有価証券報告書によれば、永守重信氏の役職名は「代表取締役グローバルグループ代表(取締役会議長)」です。同じ報告書に取締役会の出席状況が載っており、当該年度は24回開催され、同氏は24回すべてに出席しています。全出席は同氏だけです。そして指名委員会の委員です。委員は社内取締役2名と独立社外取締役3名の5名で、社内の2名は永守氏と岸田氏でした。

一方、所有はどうか。実質の保有者として最も大きいのは永守氏個人の8.61%で、資産管理会社の3.52%を加えて12.13%。九期を通じて12%前後で動きません。この比率では、株主総会で単独では何も通せません。普通決議にも特別決議にも届かず、特別決議を単独で阻む三分の一にも届かない。会社法の算術としては、この持株は同氏を解任から守らないのです。

所有は、否決されない地位を作らない。しかし、それを崩しにいく者がいない状態を作る。

否決されない地位は、制度の側にありました。ここで僕は、自分の言い方を一つ直します。線を引く権限が職位に付いていなかったのではありません。その権限が付いていた職位が、社長ではなかったのです。

ここに逆説があります。この会社は2020年に監査等委員会設置会社へ移行し、取締役会の過半数を社外取締役としました。2022年度に指名委員会を設け、委員長を社外取締役としました。形はそのつど、律儀に整えられている。それでも、否決されない地位は残りました。委員会を作るということは、その地位を委員会の内側に置くことでもあったのです。

12 中空という語を、僕はこう使い直す

河合隼雄先生は、中心が何も裁断しないことを中空と呼びました。前著も、その意味で使いました。ニデックは、この定義には入りません。中心は裁断しています。しかも繰り返し、日付のある発令として。

それでも、行き着いた先は同じでした。損は先送りされ、現場に溜まったのです。

裁断しない中心を持つ組織と、繰り返し裁断する中心を持つ組織が、同じところへ出た。同じ帰結が出るのなら、共通の項があるはずです。そしてそれは、裁断ではありません。

号令をかけても、責任は引き受けない。

裁断しない中心は、そもそも引き受けるものを作りません。号令する中心は、引き受けるものを作って、他人に渡します。表に出る姿は正反対ですが、責任が中心に留まらないという一点で同じです。そこで僕は、この語を広く取り直します。

中空とは、責任を引き受ける者が中心にいないことである。

河合の中空は、この属のなかの一つの種になります。裁断しない型です。ニデックはもう一つの種、号令して引き受けない型です。河合が論じたのは中心の形であり、僕が見ているのは責任の行き先です。軸が違います。

どんな独裁も中空だ、という話ではありません。号令をかけ、外れたときに自分の帳簿でそれを受ける中心は、この定義では中空ではない。専横であっても、なお自分で負う中心はありえます。

そして、号令して引き受けない型は、それだけでは立ちません。線を引いて外側を押し付けることが可能なのは、押し付けられた側が「それはあなたの引いた線だ」と言い返さないからです。言い返すこと自体が、線を引く行為だからです。

ここで、前著に一つ書き足したいことがあります。伝統的な日本社会が中心を空に保ってきたのは、多様性を貴んだからではありません。中心が力で人を従わせることを避けるためでした。従わせなくても、波風を立てないほうが得だから、周囲は察して寄ってきます。この構えが、社会のひび割れを防ぎ、関係を持続させてきました。

ただし、代償があります。従わせる必要がなければ、従わない作法も要りません。境界をめぐって他者と正面から対立し、自分の言葉を最後まで通すという訓練が、要らないのです。要らなかったものは、身につきません。

僕はこれを、弱さとは呼びません。弱さと言えば内面の話になり、記録では確かめられなくなります。言えるのはこういうことです。言い返す作法が、はじめから用意されていなかった。そして号令する中心が現れたとき、用意されていなかったことが、そのまま効いた。

これは前著で立てた命題であって、この事例から出てきたものではありません。一つの事例は、一つの命題を反証することはできますが、立証することはできない。僕が言えるのは、この事例が前著の命題を損なわなかった、というところまでです。

④が地であり、②と③はその上に描かれた図である。号令する中空は、静かな中空の上にしか成り立たない。

13 外側の線も、遅れた

会社の内側に引受先がないなら、外へ出せばよいのか。ここで監査が問題になります。

先に書いておきます。これを表に出したのは監査です。最後の砦として、制度は働きました。

ニデックの監査意見は、2017年3月期から2024年3月期まで八期連続で無限定適正、2025年3月期に意見不表明です。一方、2021年3月期から四期連続で、監査上の主要な検討事項は資産の評価でした。しかも的が年ごとに絞られています。買収全般から、のれん全体へ。のれん全体から、車載事業のセグメントへ。そして車載事業の固定資産へ。直近のものは事業を名指ししたうえで、企業価値評価専門家の利用、事業計画の検討、追加のストレステスト、感応度分析の再計算まで書き込んでいます。

監査人は、見ていなかったのではない。見ていると書き、何を見たかまで書いていた。そのうえで、意見は無限定適正だった。

なぜ八年かかったのか。答えは、監査の技術の側にはありません。

2018年、外部の法律事務所が調査に入り、多拠点で同種の不正を示す資料を多数見つけました。最終的な認定は7件、10億6,600万円です。調査の範囲を決めるのは、調査する人ではありません。依頼した側です。

2022年、約1,662億円の申告に対する処理は約566億円でした。注目すべきは金額ではなく決め方です。通期の営業利益を1,001億円とすることを前提に逆算されています。監査が向き合った相手は、事実ではなく予算でした。しかも振り分けの分類には「監査上必須」というカテゴリーがあり、それは監査人から当四半期での処理を求められる可能性が高い案件を意味していました。監査人が求めそうな分だけを先に処理する、という設計です。

2024年、社長が正しい手当てを提案し、通りませんでした。

三つに共通するものは、はっきりしています。どこまで調べるか、どこまで処理するか、どの案を通すか。この三つの決定権が、すべて同じ一点に集まっていました。監査は帳簿には届きます。しかしこの一点には届きません。

そして第四の場面があります。時間です。報告書は、永守氏がどこよりも早く決算発表をすることを信条としており、決算スケジュールの遅延はあり得ないことであった、という元執行役員の言葉を引いています。毎年度、複数の会計不正事案が発覚していたが、決算スケジュールが延期されたことは一度もなく、いずれも公表されていない、とも認定されています。

線を引く時間そのものが、中心に握られていた。

八期というのは、監査の速度ではありません。この一点が外から動かされるまでにかかった時間です。

見せなかった側の話もあります。委員会は、ニデックの役職員が会計監査人に不正確な情報を与え、都合の良い意見を引き出そうとする様子が至るところで観察された、と書いています。実地棚卸の立会いに際して対象の金型を特定の倉庫に集約して封鎖した。空の段ボール箱を資産に計上し、その倉庫へは案内しなかった。監査人は、見て通したのではありません。見せられなかった部分があります。

報酬についても一つ。監査証明業務に基づく報酬は、八期のあいだ537百万円から613百万円の幅で動いていません。監査人が四期続けて資産の評価を最重要の論点に挙げていた期間です。動いたのは、意見を表明しなかった期でした。977百万円、前期比59%増。

その平らな線には、続きがあります。2021年度から2022年度にかけて、監査人の要請で子会社のフォレンジック調査が行われ、会計不正は見つかりませんでした。稟議書に永守氏のコメントが残っています。

京都監査法人に半分もってもらう交渉とすること

調査費用約5,140万円の半分、2,570万円が、二年度の監査報酬から1,285万円ずつ減額されました。決裁を求める稟議書には、こうあります。

本来は100%負担して貰うべきところ、ヤムナシ。但、今後は安易な指示を出さぬようすべく、よい警告になったと思う。

警告の相手は、監査法人です。

動かないように見える線の中に、監査人への制裁が二年分埋まっていた。

14 断れる人を守る設計

あだ花は、一度は見事に咲きました。しかし根元の茎は何本も枯れていきました。枯れた茎は、降格という記録として残っています。

中心を替えれば組織が変わる、という話ではありません。永守氏は替わりました。2025年12月に代表取締役を辞任して取締役を退き、2026年2月には名誉会長も辞任しています。しかし周縁の作法は、それで変わるものではありません。

必要なのは、外側の引受先を、線を引く人から切り離すことです。前著で翻訳層と呼んだものの、企業組織における姿がこれです。

ところが、この処方は社内で既に提案されていました。そして却下されました。

ガバナンスの失敗とは、正しい設計を思いつけないことではない。思いついた設計を、誰も通せないことである。

形は整っていました。委員会もありました。社長は提案しました。それでも引受先の設計は変わらなかった。委員会の内側にいた常勤の監査等委員は、根本原因が業績プレッシャーにあることを理解したうえで、高い目標を掲げてその達成に尽力するのは創業者の経営スタイルそのものであり、その在り方を正面から疑問視することは難しいと考えていた、と述べています。一方、社外の監査等委員には、根本原因も負の遺産の問題も共有されていません。

知っていた人は問えず、問える立場の人には知らされていなかった。

では、どうするか。断れる人を守るというのは心構えではなく、設計です。設計であるなら、条文の形に落ちます。三つ挙げます。

① 損の申告に罰を与えない。**トップダウンの投資判断から生じた減損や負の遺産の処理費用は、事業部門と子会社の業績評価の枠組みから完全に切り離し、一括で処理する。そのことを規程に書く。損を損として上げた者が、その一事によって不利を受けないことを、制度として保証する。保証がなければ、現場は再び振りへ逃げます。

② 撤退の基準を、投資を決める時点で決議しておく。**巨額の投資を決めるとき、どの状態に至ったらその賭けを終わらせて減損処理を行うかを、あらかじめ明文化し、取締役会で決議する。認めるかどうかを、あとで人が判断する形にしない。賭けたその日に、降りる条件を先に書いておくのです。これは中心の恣意を責める仕組みではなく、中心が自分で自分を縛る仕組みです。賭ける人が自分で負うという健全な型を、制度の側から支えることになります。

③ 三様監査が突き合わせる場を、常設で置く。**監査等委員会、内部監査部門、会計監査人の三者が、経営陣を交えない場で定期的に情報を突き合わせる経路を義務化する。ニデックには、この場が置かれていませんでした。三つの監査がそれぞれ別に見ていれば、断片は断片のままです。

三つとも、人の徳性を求めていません。求めているのは条文と手続だけです。そこが、この処方の取りうるところだと思います。

そして最後に置きたいのは、断った人のことです。車載事業本部長という職は四代を数え、そのうち三代が降格されました。降格を免れた一代は、社長になり、社長として同じことを言い、却下されました。

断れる人がいなかったのではない。断れる人がいたのに、その言葉が通る経路がなかった。

ガバナンスの設計とは、断れる人を守る設計のことです。断れる人を作る話ではありません。断れる人は、放っておいても、ときどき現れます。現れたその人の言葉が、その職位に応じて、意思決定の経路として正しく通るようにしておくこと。代表取締役社長が言って通らない組織で、ほかの誰の言葉が通るのか、という話です。

ただし、この処方には、それを通す者が要ります。この会社では、社内で最も高い執行の地位にある人が通せませんでした。設計論は、そこで止まります。では外からか。外の線も八期かかりました。外部の規律もまた、遅れるのです。外へ出せば済む、という処方にもなりません。

形を整えてなお、否決されない地位が残ったのはなぜか。監査等委員会設置会社への移行も、社外取締役の過半数も、指名委員会の設置も、その地位を動かしませんでした。この問いに、僕はまだ答えを持っていません。

結びにかえて 定義を急がない文明

世界はいま、急いでいます。すべてを数え、境界を確定させ、一つの数値の中心に揃えようとしています。その速度に、僕らの作法は合いません。

だからといって、僕らが定義に弱いということではないと思います。

詩を愛する文明は、定義に弱いのではない。定義を急がない文明なのだ。

境界線を引いて誰かを職責の外側へ置く前に、その線の両側に佇む人間の矛盾を、ぎりぎりまで見つめようとする構え。一白一黒を急がず、対立を時間のなかに包んで減衰させる知恵。これは何百年もかけて磨かれてきた、関係が一度の裁断で修復不能に壊れることを防ぐための装置でした。前著で僕が守るべき核と呼んだのは、これです。

その核を捨てて、外から来た仕組みに全部を明け渡す必要はありません。また、すべてを曖昧な時間に溶かして、決めないままでいる場所へ戻る必要もありません。

やるべきことは、もっと地味です。自分たちが減衰装置を抱えていることと、その装置のせいで言い返す作法が育たなかったことを、はっきり自覚したうえで、線を引く文明との接続面を、条文の形で一つずつ設計し直すこと。前著で翻訳層と呼んだものを、無自覚な作法から、自覚的な設計へ移すことです。

そして、一度は自分の言葉を通そうとした人の、あの通らなかった経路を、こちらの手で開けておくこと。

あとがき

僕自身のことを一つ書いておきます。

2014年前後、伊藤レポートがROEを共通言語にすべきだと説いたとき、僕は強い違和感を覚え、抵抗しました。資本効率という考えに反発したのではありません。それが唯一の中心に据えられた瞬間に、ほかの判断軸が黙らされていく形を警戒したのです。

10年を過ぎた今、僕らは一社の帳簿の前に立っています。営業利益率10%という単一の中心が据えられ、資産が本当にあるのかという判断軸も、事業計画が実現するのかという判断軸も、黙らされている。黙った判断軸は七年のあいだ帳簿の内側に溜まり、最後に1,600億円として現れました。

一社の事例です。警戒が裏づけられたとは申しません。それでも、僕には応えました。

中心を一つに定めることは、ほかの中心を空にすることではない。すべての判断を一つの中心に従わせることである。

中空構造の中心が空だったのは、そこに何もなかったからではありません。何ものにも従わせないためでした。僕はいま、そう考えています。

もう一つ。これから得たことを書きます。断ったというその痕跡は、人事の欄には残りません。人事の欄に残るのは結果です。しかも、断った人が上げられることがあるのですから、降格の記録だけを追っても足りません。

これは記録の不備ではありません。線を引かないことを前提にした記録の形ではないでしょうか。誰が線を引こうとしたかを書く欄が、はじめから用意されていない。

断った人の名誉も、断れなかった人の責任も、同じ欄に吸収されて消え・・・ます。

出典。ニデック株式会社 有価証券報告書 2017年3月期から2025年3月期(書類管理番号 S100AFAR / S100D69Z / S100G1N0 / S100ISN0 / S100LMP5 / S100OA6Q / S100R0SZ / S100TNGX / S100WRH7)。株式会社東芝 有価証券報告書 2017年3月期から2023年3月期。日野自動車株式会社 有価証券報告書 2017年3月期から2025年3月期。ニデック株式会社 第三者委員会 調査報告書(概要版)2026年2月27日付。ニデック株式会社 適時開示(役員人事に関するもの二十件)。河合隼雄『中空構造日本の深層』中公文庫。監査意見は金融庁のEDINETから有価証券報告書の原本を取得し、綴じられた監査報告書を定型の文言によって機械的に判定しました。三社二十五件。報酬は各期の当年度額と次期の前年度額を全件照合しています。

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