比喩から構造へ──私の学問観
比喩は入口であって、出口ではありません
比喩は、理解を助けることはあっても、それ自体が説明になるわけではありません。
比喩で止まる議論は、そこで思考が止まってしまいます。私は、比喩を全面的に否定する考えにはありません。しかし、否定されるべきなのは、比喩をもって説明したつもりになる態度であり、比喩を最終地点に据える学問姿勢です。
現象を観察し、比喩を与え、そこから構造仮説を立て、制度・関係・力学へと分解していく。この流れであれば、比喩はきわめて有益です。比喩は、思考の端緒を与えてくれる手掛かりであり、着想の装置としては賞賛されるべきものだと思っています。
しかし、比喩としてしか展開できないのであれば、それは十分ではありません。
私にとって比喩には条件があります。
それが反復的な観察から生まれているか。
比喩を使わずに言い換えることが可能か。
制度、関係、配置へと還元できるか。
別の比喩に置き換えたとき、差異が明確になるか。
本書で用いた「中空構造」という言葉も、政治、企業組織、合議、責任の所在、判断の遅延といった複数の領域で、繰り返し観察された現象から生まれてきたものです。
ここに、私が感じてきた社会学との決定的な違いがあります。
社会学では、比喩が拡張され、洗練され、増殖していくことが多い。しかし私は、分析が進むほど比喩は不要になると考えています。比喩とは、構造を発見するまでの一時的な思考装置にすぎません。最後まで比喩が残る理論は、まだ構造に到達していないのです。
比喩と学問の距離
学問とは何かと問われたとき、私はまず「比喩との距離の取り方」が、その学問の性格を決めると考えています。
社会を語る際、比喩は避けがたい道具です。中根千枝の「縦型社会」に代表されるように、日本社会を理解するために、多くの比喩が用いられてきました。それらは直感的で分かりやすく、一定の説得力を持っています。
しかし私は、比喩をもって説明が完結したとは、けして考えません。比喩は、現象を掴むための入口であって、学問の到達点ではないからです。
比喩が有効なのは、それが思考を促すときです。その比喩を聞いて、「この現象にも当てはまるのではないか」「別の領域でも同じ構造が見えるのではないか」と考えたくなる。その衝動を喚起する力こそが、比喩の雄弁さです。
ただし、その衝動が次の段階へ進まなければ、比喩はただの印象に堕します。社会学の多くの議論は、比喩を洗練させ、語りを巧みにしながらも、そこから先へ降りていかない。その結果、社会は「縦型」「横型」「ムラ社会」「空気の支配」といった言葉で語られ続けますが、それらがどの制度配置から生じ、どの関係の反復によって再生産されているのかは、曖昧なまま残されがちです。
学問とは、比喩を提示することではありません。比喩を分解し、不要にしていく営みではないでしょうか。比喩は思考を始動させる仮設であり、下向きに分析していくための足場にすぎません。比喩が有効であればあるほど、それはいずれ捨てられるべきものです。
経済学が用いる「均衡」「摩擦」「流動性」「ショック」といった言葉も、日常語として見れば比喩です。しかし、それらは比喩のまま放置されてはいません。背後には数量化可能な関係、モデル化された構造、検証可能な仮定が置かれています。比喩は表層にすぎず、説明の本体は別のところにあります。
この点で、社会学と社会科学の違いは明確です。社会科学とは、比喩を使わない学問なのではありません。比喩を最終地点に置かない学問なのです。
比較が比喩を鍛え、悲劇が思考を残した
「中空構造」も同じ位置づけにあります。それは日本文明を印象的に語るための標語ではありません。政治、企業組織、合議、責任の所在といった具体的な制度と実践の反復を観察するなかで、仮に名づけられたものです。
重要なのは、その比喩を使い続けることではなく、それがどのような制度配置と心理的運動の組み合わせから生じているのかを解きほぐすことです。だからこそ私は、家族構造という制度層と、象徴的中心の運動様式という層を区別し、比喩を制度分析へと接続しようとしてきました。
ここで付け加えておきたいのが、韓国の思想家イ・オリョン先生から受けた影響です。先生は、文明論や社会論を語るとき、必ず比較の視点を置くべきだと繰り返し強調していました。しかも、「どこと比べるのか」という選択自体が、すでに理論行為であると。
先生は、日本と韓国というきわめて近接した文明を比較対象に据えました。その結果、日本人の「縮み思考」、微細な差異を扱う感受性、トランジスター的な技術志向、詩歌や象徴表現に長けた能力といった特性が浮かび上がってきます。これらは賛美でも蔑視でもなく、比較によって初めて可視化された構造的特徴でした。
この経験から、私は確信するようになりました。比喩が本当に雄弁であるかどうかは、それが一つの社会の内部だけで完結していないかどうかで決まります。他の社会に当てはめたくなり、そこで差異や限界が露わになる。その過程を経て、比喩は初めて思考の道具になります。(なお、比喩が新たな知恵を生む手掛かりになることは、中山正和先生のNM法でつとに有名でありますね)そのことから思い出されるのは、比喩のもう一つの力です。
比喩は、人の心に灯をともす力を持っています。堺屋太一先生の『鬼と人と』をご存じでしょうか。鬼とは織田信長、人とは明智光秀です。鬼が時代を変革し進展させるが、それだけでは社会は息苦しくなる。人が必要だ、しかし両者は決して相容れない。その悲劇を描いた作品です。
この物語を、萬屋錦之助が演じたことは、あまり知られていません。萬屋さんは当初、映画化を構想していましたが、実現には至りませんでした。萬屋錦之助は、日本最大の謎であり悲劇であるこの物語を、日本のシェークスピア劇にしたかったのだと思います。私は、当初は鬼を演じるのかと思っていたのですが、彼が選んだのは、悲劇の主人公、明智光秀でした。この試みが一度きりで終わってしまったことは、今も残念でなりません。人の心をうつ比喩の例として思い出します。比喩とは、世界を装飾する言葉ではありません。比較に耐え、構造へ降り、そして時に、悲劇として人の記憶に残る思考の装置です。
私にとって学問とは、そうした比喩を出発点にしながら、制度と関係の深層へ降りていく、その下向きの営みなのです。
