寺内大吉『化城の昭和史』上下巻(毎日新聞社、1988年、筆者蔵)

暗黒の昭和史のど真ん中:柳条湖事件


9月18日は柳条湖事件勃発の日である。1931年満州の奉天郊外の南満州鉄道が爆破され、関東軍はそれを張学良軍の犯行として軍事行動を起こし、満州事変の発端となった。これは日本軍の偽旗作戦であったことが後に明らかになった、暗黒の昭和史のど真ん中の事件である。

柳条湖事件についての詳しい注釈

柳条湖は中国の東北地方(旧満州)の中心都市・奉天の北にある地である。南満州鉄道(満鉄)が通るこの地で、1931年9月18日午後10時15分頃、日本の関東軍が鉄路を爆破するという事件が起こった。関東軍はこれを張学良軍の犯行と主張して俄かに奉天を占領し、その後満州全域への軍事作戦を拡大した。

しかし、この事件は関東軍による自作自演(偽旗作戦)であったことが、戦後の調査と歴史研究により明らかになった。関東軍参謀本部の一部が事前に計画を立て、爆破を実行したのである。張学良軍は実際には関与していなかった。この事件は、国際連盟の非難を浴びながらも、日本帝国の大陸への領土拡張の転機となり、その後15年に及ぶ戦争と膨大な死傷者をもたらすことになった。

寺内大吉と「あかままの花のほうへ」

この事件を出発点とした物語を寺内大吉が書いている。「化城の昭和史」上下巻 毎日新聞社1988年刊である。この作品を知る人も少なくなった今日だが、この著作は実に生き生きと当時の空気と時代を動かすもろもろの動機の交錯を伝えてくれている。筆者の「あかままの花のほうへ」は、この本の影響が大きい。この本を読んだのはずいぶん前だが、いたく感銘したものだ。松岡氏がこの著作について詳しく論じている[1]。

暗黒の昭和史の根深さ

暗黒の昭和史はこの日を発端にしたわけではない。寺内大吉氏は本書の冒頭で、「暗黒の昭和史は、柳条湖の鉄路爆破の瞬間に幕を開けた。昭和六年(1931年)九月十八日の深夜であった」と述べている。しかし、より深く歴史を見つめるならば、この事件は暗黒の昭和史の「発端」ではなく、むしろ「ど真ん中」なのである。

明治の「夜明け」から既に敷かれたレールであり、日清戦争以来の朝鮮・満州侵略は、この事件をはるか前から進められてきたのだ。帝国の拡張論理、軍部の独走、国民の一体化といった構造的な問題は、この事件の背景に深く根ざしていた。わが国の貧しい農民たちが、政府と軍部の政策と扇動に押し立てられて、満州へ押し寄せていく現実もまた、この侵略の本質を物語っている。彼らは満蒙開拓との名のもとに、他国の土地に自分たちの旗を立てることに駆り立てられたのである。柳条湖事件は、それら構造的な矛盾が顕在化した瞬間だったのである。

現代への警告

今の日本の政治的リーダーたちはよもやこの歴史について知らないわけではないだろう。知らないふりをしているか、もう過ぎ去った歴史であり、豊臣秀吉の朝鮮侵略と同じような「歴史的な物語」と位置付けているのかもしれない。「私たちは責任を負う立場にない」と公然と述べる者もいる。

しかし、僕らは、知り、語り継ぎたいものだ。そして、日本人の本当の心性は何であるか、考えていきたいものだ。歴史は繰り返さない。だが、歴史から学ばないことは、新たな過ちの端緒となる。


脚注

日清戦争以来の朝鮮・満州侵略の歴史

柳条湖事件(1931年)は、日清戦争以来の朝鮮・満州侵略の長い歩みの中に位置する。以下に、明治以降の主要な侵略と支配の経過を示す:

日清戦争と朝鮮への介入(1894年〜1895年)

日本が中国(清)に勝利し、朝鮮の独立を名目に朝鮮半島への支配を強化。1894年の朝鮮農民戦争(甲午農民戦争)の鎮圧に日本軍が介入し、朝鮮への影響力を確立する。

日露戦争と朝鮮への支配強化(1904年〜1905年)

日露戦争に勝利した日本は、朝鮮半島でのロシアとの対立をも制する。1905年11月には第二次日韓協約(乙巳保護条約)により、朝鮮は日本の保護国となり、外交権を失う。

韓国併合(1910年8月29日)

朝鮮皇帝を廃位させ、朝鮮を日本帝国に直接編入。朝鮮総督府が設置され、軍事統治と経済支配が本格化する。

関東州の領有と南満州鉄道の支配(1905年以降)

日露戦争後、日本はロシアから関東州(旅順・大連)の租借権を獲得。南満州鉄道(満鉄)が設立され、満州への経済的・軍事的浸透が進む。同時に、農民移民政策により日本の貧困農民が満州へ送り込まれる。

満州事変勃発(1931年9月18日)

関東軍が柳条湖で南満州鉄道を爆破し、これを張学良軍の犯行に見立てる。満州全域への軍事作戦へと拡大。

満州国の建国(1932年3月1日)

関東軍の支配下で傀儡国家・満州国が樹立される。清朝最後の皇帝・溥儀が執政とされる。

廬溝橋事件と日中戦争の勃発(1937年7月7日)

北京郊外の廬溝橋(ろこうきょう橋)での日本軍と中国軍の衝突が全面的な日中戦争へと拡大。朝鮮・満州での支配を基盤に、日本帝国の大陸侵略が東アジア全域に拡がる。

太平洋戦争への転化(1941年12月8日)

日本がハワイ真珠湾を攻撃し、第二次世界大戦へと参戦。満州は主要な作戦基地・資源供給地となり、戦争の継続に不可欠な役割を果たす。

終戦(1945年9月2日)

1945年8月15日の玉音放送で天皇が国民に敗戦を宣言。正式には同年9月2日、日本がポツダム宣言を受諾し、降伏文書に署名。ソビエト連邦による満州侵攻、朝鮮半島からの撤退、台湾の返還。この50年に及ぶ帝国的支配は完全に終焉を迎える。


[1]松岡正剛「1000年の本棚」https://1000ya.isis.ne.jp/0378.html