賭けた者は、負けを認めなかった(前編)
『赤ままの花のほうへ』を基底に
2026/09/02 一水会での議論を踏まえて
1 決まり文句のむこう側
企業の不祥事が表沙汰になると、第三者委員会の調査報告書は判で押したように同じ言葉で締めくくられます。曰く「コンプライアンス意識の欠如」。曰く「風通しの悪さ、上に物が言えない風土」。東芝も、日野自動車も、そしてニデックも、表層の言葉は何も変わりません。あらかじめ用意された書式に、新しい企業の固有名詞を流し込んだだけのように見えます。
ここに逆説があります。毎回書かれ、毎回同じ言葉で処理されるがゆえに、誰もそれを数えていない。会社をまたいで比べられたことも、年をまたいで測られたこともありません。決まり文句は、思考を止める装置として働いています。
ならば、数えられるものを数えてみよう。そう思ったのが出発点でした。
組織の歪み、その深層にある魂のあり処を如実に示すのは、言葉ではなく人事です。それも、光の当たる昇任ではなく、影の差す降格にこそ、組織の本質が宿ります。
2 なぜ降格を数えるのか
日本の企業社会において、役員クラスの降格は極めて稀な現象です。
なぜなら降格とは、ある人に対して、意志を持って善し悪しの境界線を引く行為だからです。その人を職責の外側へ置くということは、線を引いた者が、なぜその線を引いたのかという説明責任を負い、その判断に伴う泥を自ら被るという、非中空の覚悟を要求します。日本社会がこれまで最も嫌い、回避してきたのが、この自ら線を引いて責任を背負うという行為でした。
だからこそ日本の伝統的企業は、役員を退ける際にも、顧問への退任やグループ会社への転籍、担当替えといった横滑りで済ませます。関係性を維持したまま、誰がどのような責任において誰に線を引いたのかを有耶無耶にする。裁断者の名前を残さない。これこそが、前著『赤ままの花のほうへ』で提示した中空構造の生存技術でした。
前著の第12章に、僕はこう書きました。
線を引けば、必ず外側が生まれる。その外側を誰が引き受けるのかという問いに答えられない社会では、線を引くこと自体がリスクになる。
横滑りなら、外側は生まれません。誰も外に出ないし、誰も裁断していない。降格と横滑りの比は、その組織が線を引く力の目安になります。
ところが、ニデックにおいて日常的に繰り返された苛烈な降格人事は、この美しい中空の作法を根底から揺さぶるものでした。一見すると、決定力に満ちたトップが鋭く境界線を引く、きわめて非中空的な組織に見える。その裏で、どのような日本的変容が起きていたのか。僕はこの生々しい現代の事象を顕微鏡として、僕らの文明の深層構造をもう一度捉え直してみたいと考えました。
3 四代の本部長と、引ききらない線
損失の重心となったのは車載事業です。その事業本部長という職を、記録の追える範囲で四代が担いました。吉本浩之氏、早舩一弥氏、岸田光哉氏、そして五十嵐一嗣氏。
この四代のうち、三代が降格されています。
初代の吉本氏は本部長を離れて社長になり、二年足らずで副社長へ引き下げられ、その四か月後に代表権と取締役の席を失いました。二代目の早舩氏は本部長を務めたまま専務から常務へ落ち、一度は専務に戻り、再び常務・副本部長へ落ちています。四代目の五十嵐氏にいたっては、就任からわずか六か月で、専務・本部長から常務・副本部長へ、職位と職責の両方を下げられました。そして五十嵐氏を下げたその日、後任は置かれず、代表取締役社長自身がその職を兼任しています。
ここに、立ち止まるべき事実があります。
これほど下げられながら、彼らは組織の外へ出されていないのです。吉本氏は副社長として、早舩氏も五十嵐氏も副本部長として、同じ組織に留め置かれ、働き続けました。
対照として東芝を置きます。2015年、社長、副会長、副社長四名、監査委員長、専務、そして相談役までの九名が、同じ日に辞任しました。九名を一度に辞めさせるのは、日本企業にとって最も重い処分です。日本の伝統的大企業は責任を問わない、というのは正しくありません。問い方が違うのです。そして、彼らの人事に降格という他動詞の記録はありません。全員が自ら退くという枠に吸収される形で去りました。
ニデックは逆です。日付のある発令をもって、名指しで線を引く。しかし、引いた線を最後までは引ききらない。下げた人間を手元に置き、共同体の中に抱え込み続ける。
処分であることは記録に残り、それがどちらの意味の処分であったかは記録に残らない。成熟と読むこともできますし、支配と読むこともできます。人事の記録は、この二つを区別しません。区別しないという、そのことが、この作法の性質を語っています。
4 費用収益対応の原則が、裏返る
では、この人事の裏で、会計の側では何が起きていたのでしょうか。
ずばり申し上げれば、売上の捏造のような、無から有を生み出す架空取引ではありません。その本質は減損の回避、すなわち損失認識の先送りでした。
報告書が認定した手口は五つ。棚卸資産の評価損の回避、実現性の低い事業計画による減損の回避、人件費の資産化、貸倒引当金の過少計上、補助金返還引当金の不適切な取崩し。いずれも現金が一円も動いていません。取引を作ってもいません。動いたのは、目の前にある損失をいつ帳簿に載せて認めるかという、人間の時間と判断だけでした。監査人の言葉では「資産性にリスクのある資産に関する評価減の時期の恣意的な調整」です。
ここに、簿記を学んだ方にだけ見える形が一つあります。
報告書が認定した「セルフファンディング」、すなわち負の遺産を処理して出た損は自分の部門の稼ぎで埋めよという規律は、費用収益対応の原則を裏返しています。
本来、費用は収益に対応させて認識します。対応の向きは、収益から費用へではありません。一つの事象から、収益と費用の両方へ向かいます。ところがこの運用では、認識してよい費用の量が、確保できる収益の量によって配給されました。
収益が、費用を認識するための許可証として働いた。
こうなると、稼ぎのない赤字の部門は、損を帳簿に載せることが物理的にできません。しかも載せられなかった損は消えず、翌期へ繰り越されて大きくなり、翌期の稼ぎではますます吸収できなくなる。2018年度第3四半期に約63億円とされたものが、2022年度第4四半期には1,600億円余の申告になったのは、この累積です。
見積りの誤りでもなければ、判断の甘さでもありません。認識の順序そのものが転倒しています。
5 現金は、一円も動かなかった
不正が八年も続いたのなら、普通は資金が枯渇するはずだ。そう思われるでしょう。
枯渇しません。枯渇しようがないのです。
有利子負債は九年で2,720億円から6,360億円へ増えました。しかし営業キャッシュ・フローは、十期を通じて一度も落ちていません。最低でも949億円、最高で3,207億円。投資キャッシュ・フローは毎期1,000億から1,650億円ですから、フリーキャッシュフローはほぼ毎期プラスです。財務キャッシュ・フローは2021年3月期以降、五期続けてマイナス、つまり返済超でした。借金を積み増していたのではなく、返しながら自社株買いまでしていたのです。2025年3月末の未使用借入枠は1兆3,070億円あります。
当たり前です。減損を先送りしても、現金は一円も出ていきません。逆に、減損を計上しても一円も入ってきません。
ここが東芝と決定的に違います。東芝はウェスチングハウスで実際に現金が出て、1兆2,427億円の損失を計上し、5,529億円の債務超過になりました。ニデックは違います。
では、足りなかったものは何か。
足りなかったのは、現金ではない。利益である。
2030年に売上高10兆円という目標も、毎月求められた営業利益目標の124%にあたる改善策の提出も、現金の目標ではありません。損益計算書の目標です。負の遺産を処理すれば、現金は減らないのに、営業利益だけが減ります。
セルフファンディングも同じです。稼ぎのない部門が損を載せられないのは、現金がないからではなく、載せると営業利益が壊れるからです。この会社で配給されていた希少資源は、現金ではなく、認識してよい費用の枠でした。1,662億円の申告に対して566億円しか通らなかったのは、566億円しか払えなかったからではありません。通期営業利益を1,001億円とする前提から逆算した残りが、566億円だったからです。
この不正は、現金には触れず、資本にだけ触れた。
では、何が動いたのでしょうか。
6 動いたのは、会社の値段だった
会社の値段です。正確には、会社の値段として示された数字です。
ここで、会計不正の種別を分けておきたいと思います。
架空売上は、無かった事実を作る行為です。伝票を偽り、出荷を装う。事実についての虚偽です。誰の目にも、それは犯罪の顔をしています。
減損の回避は違います。資産が思ったほど稼がないという事実は、そこにあります。動かすのは、その事実をいくらと評価するかです。評価についての虚偽です。
そして評価には、唯一の正解がありません。幅があります。事業計画をどう見積るか、割引率を何パーセントとするか、市場の成長をどう置くか。同じ資産でも、置き方によって答えが変わります。ですから、正しいか誤りかではなく、公正妥当と認められる範囲の内か外か、という問いになります。
監査人が意見不表明の根拠に用いた言葉を、もう一度置きます。
資産性にリスクのある資産に関する評価減の時期の恣意的な調整
恣意的、というのは、幅の外へ出たという意味です。幅があること自体は不正ではありません。幅の外へ出たことが不正なのです。
ここで、貸借対照表を見ておきます。2025年3月末の親会社所有者帰属持分は1兆7,171億円。そのうち、のれんが4,071億円あります。純資産の四分の一近くが、のれんです。
のれんとは何でしょうか。買った事業が将来稼ぐという見通しの、現在の値段です。それが貸借対照表の左側に、四千億円分載っている。
ちなみに、買収で識別された「専有技術」は99億円しかありません。五十件を超える買収を重ねて、技術として帳簿に載ったのはこの程度です。買って得たものの大半は、将来稼ぐという見通しそのものでした。
そうすると、減損の意味がはっきりします。
のれんは賭けの記録であり、減損はその賭けの決算である。
減損を回避するとは、過去にした価値の表明を、撤回しないことです。
そして、何が損なわれたのかも見えてきます。取引先は損をしていません。従業員の給料は払われました。銀行への返済も続いています。損なわれたのは、投資家がこの会社の値段を判断するために使う数字、ただ一つです。
有価証券報告書という制度は、そのためにあります。企業の価値を公正妥当に示して、投資家の判断に供する。この不正が壊したのは、その一点だけです。そして上場会社にとって、その一点だけを壊すことが、最も重い違反です。
制裁の形も、それに対応しています。東京証券取引所は2025年10月に特別注意銘柄に指定し、2026年4月に上場契約違約金9,120万円を徴求しました。現金を奪う制裁ではありません。この会社の示す数字は信用できない、という判定です。
幅は、中空の住処である
もう一つ、ここから見えることがあります。
争点が事実ではなく評価であったから、現場は嘘をつく必要がなかったのです。
「この事業計画は達成できる」と書くことは、犯罪の顔をしていません。楽観と区別がつきません。だから加担できます。誰も、自分が不正をしているとは思わずに済みます。第三者委員会が「アグレッシブな会計処理」という言い方をせざるを得なかったのは、そのためだと思います。灰色の帯があり、その帯の中では、加担が加担に見えないのです。
そして、ここが中空とつながります。
線を引かないでいられるのは、引く場所に幅があるからです。幅があるところでは、引かなくても済んでしまう。しかも幅の中を少しずつ動いていけば、いつ幅の外へ出たのかを、誰も名指しできません。
評価の幅は、中空の住処である。
八年かかったのは、監査の速度の問題ではありません。幅の中を歩いているあいだ、誰も足を止めさせられなかったということです。現金が減る不正であれば、二年と持たずに資金繰りが破綻して露見していました。帳簿の上だけで完結し、しかも幅の内側から始まる不正だったからこそ、止めるきっかけが誰の手にも入らなかったのです。
7 断る人がいて、通らなかった
四代のうち、降格を免れたのは三代目の岸田光哉氏ただ一人です。そしてこの方は、下げられるどころか、上げられました。2023年4月に副社長執行役員、2024年4月に社長執行役員、6月に代表取締役社長。
ところが、話はここで終わりません。
社長になったのち、同氏は、負の遺産の処理費用を事業部門や子会社の業績評価に織り込まない形での構造改革を、永守氏に繰り返し説明しています。外側の引受先を、線を引く人から切り離す設計です。正しい処方でした。
却下されました。第三者委員会の認定事実です。
車載事業本部長でも通らず、副社長でも通らず、代表取締役社長でも通らなかった。日本の会社法が代表取締役に与えている権限を持ってなお、通らなかったということです。
線を引く権限は、社長という職位には付いていなかった。
却下の理由は公表されていません。ここから先は僕の読みです。そして読みであることを承知のうえで、僕はこの一行を本稿の中心に置きます。
この職に就いた人には、はじめから二つの道しかありませんでした。できもしない目標に対してできている振りを装い、社内で白箱・空箱と呼ばれた架空の改善案を出し続けるか。それとも、自らの職位を賭けて、これは損です、負の遺産です、と事実のほうを差し出すか。振りをすれば粉飾になり、差し出せば通らないか、下げられるかです。
断る人がいなかったのではありません。断る人がいて、通らなかったのです。
では、なぜ通らなかったのか。繰り返し裁断する中心を持つこの組織が、なぜ裁断しない組織と同じところへ行き着いたのか。後編で、そこを書きます。
数えたのは、会社が公表した適時開示の原文だけです。原文を取得できた二十件から四十行を抽出し、降格七件を得ました。会計と借入の数値は、ニデックの有価証券報告書2017年3月期から2025年3月期(書類管理番号 S100AFAR / S100D69Z / S100G1N0 / S100ISN0 / S100LMP5 / S100OA6Q / S100R0SZ / S100TNGX / S100WRH7)、および第三者委員会 調査報告書(概要版)2026年2月27日付によります。東芝の数値は同社2017年3月期有価証券報告書(S100B591)。のれんと専有技術の残高、および純資産は2025年3月期有価証券報告書の連結財務諸表注記によります。関係者への取材はしていません。ですから、誰がいつどの職位にいたかは扱えますが、誰が何を言ったかは扱えません。
